2009年10月31日

賢者のたしなみ

多くを聞いて疑わしきを闕(か)き、
慎みてその餘(よ)を言えば、
すなわち尤(とが)寡(すくな)し。

多くを見て殆(あやう)きを闕(か)き、
慎みてそのの餘(よ)を行えば、
すなわち悔寡(すくな)し。


孔子の言葉です。
現代語に訳しておきます。

多くのことを聞いてその中で疑わしいことは取り除き、
残った確かなことだけを慎重に言えば、
結局のところ失言などしなくなる。

多くのことを見てその中で納得できないことは取り除き、
残った確かなことだけを基に慎重に行動すれば、
後悔などしないものである。


言行の正確さがわが身を守るという教えです。
言葉として読めば当たり前のことですが、わが周辺でこのことを実践出来ている人はどれくらいいるだろうか…

自分自身はどうか?
いや、ダメです。

不用意な発言で相手を怒らせたり、いやな気持にさせたりしてしまうことがあります。
曖昧な情報を基に判断してしまうことが少なくありません。
行動面では好き嫌いや得手不得手で決めてしまうこともある。

失敗や後悔はそんな時に生まれます。
誰でも分かっていることです。

しかし、疑わしいことや曖昧なことというのは、なぜか魅力的な光を放っていることが多い。
幻惑されてしまうのでしょうか。

誤った判断や行動が自分自身を後悔させるレベルなら自業自得というものです。
しかし、そのことが組織や他人に悪影響を及ぼすようになったら…
それはある種の罪悪となる。

一般にリーダーと呼ばれる人は、そうでない人より入手する情報も多く、世の中での見聞の機会も多いものです。
そのことは、大所高所からの判断やタイムリーな行動を可能とする一方で、それらを誤らせる可能性も同時に大きくしているのです。


↓今日の結論…↓
見たことだけを信じよ!
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